アイデムフォトギャラリーシリウス/1月18日(水)まで
©️阿部了
弁当と、それを食べる人の写真を並べて写真展をしたいと思い始めてから間もない頃だった。北軽井沢でのロケが終わり道端で機材を片付けていた時、その脇の運送会社で集乳車を洗っている人と目が合った。思わず駆け寄って「昼飯はお弁当ですか」と聞いていた。その方は土屋継雄さん。朝4時くらいから酪農家さんを回って、牛の乳を集める仕事をしていた。「おにぎり1個だけど、それどもよかったらいいよ」と言ってもらって、初のお弁当ナンパをしたのである。
後日撮影に行くと「朝早いからね、自分で握ってくるの」と、ソフトボールぐらいのおにぎりを、牛舎の前で食べ始めた。土屋さんの黙々とおにぎりを頬張る姿に、無性に引き込まれて、無心になってシャッターを切っていた。
それから20年、それぞれの「昼」を見て来た。それが黙食、黙食と叫ばれるようになった。しかし弁当の人は、昔も今も変わらずに黙々と食べている。ひとりで立って食べる人、ふたりで向かい合って食べる人、大勢で食べる人。みんな「弁当はただ食べるだけだ」と言わんばかりだ。しかし、ただ食べるだけじゃないのが弁当だった。弁当の蓋を開け、手を合わせる。そして箸を持つと、空気が変わるのだ。弁当と向き合う眼差しは、どこか真剣である。雑念がない。私は気配を壊さないように、シャッターを切る。
甘じょっぱそうな卵焼きに鼻の穴を広げ、梅干しとごはんの質感に目を凝らす。家族の情景がほんのり伝わってくる。イイダコの煮付けやイノシシの肉炒めから、土地の匂いや輪郭を感じた。お孫さんやおじいちゃんが使っていた弁当箱に、時代が滲み出るのである。
まさにベントーランド。日本が詰まっていた。食べるのは、あっという間だ。箸を置き、手を合わせると、磁場がとけるように表情がゆるむ。空っぽのお弁当箱を前にして、私も食べた気分になっていた。
真剣に働く姿に黙々と食べるお弁当、作る人と食べる人、おにぎりに梅干し、なくてはならない組み合わせだ。この光景が日本中で同時に繰り広げられていると思うと面白い。それを写真に収める喜びを感じている。この日常が、いつまでも続く事を願わずにはいられないのである。
阿部了
(写真展案内より)
阿部 了(あべ さとる)
1963年、東京都生まれ。
国立館山海上技術学校を卒業後、気象観測船の「啓風丸」に機関員として4年乗船。
その後、シベリア鉄道で欧州の旅に出て写真に目覚める。
東京工芸大学短期大学部(現在の東京工芸大学)で写真を学び、立木義浩氏の助手を経て、1995年よりフリーランスに。
作品に、友人とその部屋を撮影した「四角い宇宙」、ライフワークともいえるお弁当の撮影で、2011年からはNHK「サラメシ」にお弁当ハンターとして出演中。
著書に「おべんとうの時間」「ひるけ」「東京商店夫婦」など
2016年より鎌倉女子大学主催「お弁当甲子園」の審査員
2020年より千葉県館山市の「写真大使」に。
会場:アイデムフォトギャラリーシリウス(東京都新宿区新宿1-4-10 アイデム本社ビル2F)
会期:2023年1月5日(火)〜1月18日(水)(日曜休廊/入場無料)
開催時間:10時00分から18時00分まで(最終日午後3時まで)
https://www.photo-sirius.net
*最新の情報を掲載するよう心がけておりますが、ギャラリー等の都合により会期等が変更になっている場合があります。ギャラリーホームページなどでご確認のうえお出かけください。