なぜズームじゃない?
二つの焦点距離を持つ広角レンズ
Text&Photo:ホトグラ。編集部
数少ない二焦点レンズ「SOLIGOR C/D DUALFOCAL 1:3.5/28mm+1:3.8/35mm」。1980年代初頭に発売されました。同じスペックのレンズがSunのブランド名で国内発売されていますが、いずれも中古カメラ店でも見かけることの少ないレンズです。
焦点距離の変えられる交換レンズといえば、ズームレンズであることは改めて述べるまでもないでしょう。設定できる範囲内であれば焦点距離を連続的に自由に変えることができとても便利なレンズです。今やレンズと言えばズームレンズを指すことも多く、ミラーレスやデジタル一眼レフを購入すると同時に付いてくるレンズもズームレンズが一般的です。実は極めて少数派ですが、あらかじめ決められた焦点距離に切り替えることのできるレンズも存在します。切り替えられる焦点距離の数に応じて「二焦点レンズ」あるいは「三焦点レンズ」などと呼ばれます。
よく知られたものとしては、現行モデルのライカM型用「TRI-ELMAR M f4/16-18-21mm ASPH.」があり、これは3つの焦点距離の選べる三焦点レンズとなります。また、多焦点レンズとは若干異なりますが、ズームレンズにエクステンダーを内蔵し焦点距離の変更できるキヤノン「EF200-400mm F4L IS USM EXTENDER 1.4×」のようなレンズも存在します。今回ピックアップするソリゴール(SOLIGOR)の「DUALFOCAL 1:3.5/28mm+1:3.8/35mm」は、それらの元祖とも言えるもので、マニュアルフォーカス一眼レフ時代に登場した国産二焦点レンズとなります。
焦点距離の切り換えはフォーカスリングを前後して行います。左は焦点距離28mm、右は焦点距離35mmに設定した状態です。フォーカスリングの前後でマニュアルフォーカスとオートフォーカスが切り換えられるレンズがありますが、操作感はほぼ同じです。
本レンズを紹介する前に、まずはブランド名のソリゴールについて簡単に説明しましょう。日本国内では1960年代を中心に人気を博したミランダカメラの一眼レフ用交換レンズのブランド名であったことでマニアの間ではよく知られています。マウント交換式のレンズなども国内で展開していましたが、販売の主軸は欧米でレンズほかカメラなどにもこのブランドで売られていました。1960年代の終わり頃北米の商社にブランド名は売られ、以降欧米のブランドとして展開されることになりました。
ただし、他の欧米のブランドの多くがそうであったように、ソリゴールのカメラやレンズのほとんどはOEMとして日本国内のメーカーが製造していました。本レンズも例外ではなく、「サン(Sun)」のブランド名でレンズを展開するゴトー・サンという国内メーカーが製造しました。正確な発売年は不明ですが、本レンズと外観も仕様もまったく同じレンズがSunからも1980年代初頭発売されています。なお、ゴトー・サンは1984年に倒産しています。
この時代に発売された多くの欧米ブランドのレンズがそうであったように、製造は日本となります。サンのブランド名で知られたゴトー・サンのOEMレンズとなります。
このレンズが発売されていた1980年代前半ごろまでは、ズームレンズはまだまだ少数派でした。単焦点レンズの写りに性能的に及ばないものが少なくなく、また価格も割高だったからです。そのため写真愛好家のなかには単焦点レンズに固執するひとも少なくありませんでした。本レンズを二焦点としたこともそんな理由があったものと考えられます。
ちなみに当時のSunの価格表を見ると、本レンズと同じレンズが2万7,500円(ケース付き)と当時としてもリーズナブルなプライスタグを付けており、35mmと28mmをカバーするズームレンズが4万円前後からとしていたことを考えると、販売価格も理由として大きかったように思われます。なお、ソリゴールには本レンズのほか「DUALFOCAL 1:4/85mm+1:4/135mm」も存在しており、同様にSunのブランド名でも販売されていたようです。このレンズについてはいずれ機会を見つけてご紹介したいと思います。
操作感などについてみてみましょう。鏡筒の大きさ・重さは同じ年代のマニュアルフォーカス時代にリリースされていた同様の焦点距離を持つ単焦点レンズと大きくは変わりません。作例撮影では、フルサイズのデジタル一眼レフ「Nikon Df」を用いましたが、カメラを構えたときのバランスもよく常用レンズとして活用できそうに思えます。鏡筒のつくりもしっかりとしたもので、かつてはレンズメーカーのレンズと言うとネガティブなイメージがありましたが、そのようなことを微塵にも感じさせないものです。ちなみに、このレビューのために用意した個体は状態の極めてよいもので、フォーカスリングや絞りリングの良好な操作感は発売当時とほぼ変わらぬものと思えるほど良好なものでした。
レンズ後端の様子。写真はニコンFマウント(Ai対応)仕様となりますが、そのほかに当時の国内主要カメラメーカーのマウントが用意されていました。
肝心の焦点距離の切り換えは、フォーカスリングを前後させるのですが、こちらも堅すぎることも、柔らかすぎることもなくと言ったところ。瞬時にしかも確実に切り換えることを可能としており、28mmと35mmの焦点距離も含めスナップ撮影では頼もしい味方であるように思えます。最短撮影距離は両焦点距離とも約0.4m。現代の尺度から言えばもう少し被写体に寄れたらと思えなくもないですが、時代を考えれば十分と言えるものです。
写りについては、フィルム時代のレンズメーカーの描写そのものと述べてよいでしょう。カラーネガフィルムやモノクロネガフィルムからキャビネサイズほどのプリントを行い、それを鑑賞する分にはさほど写りは気になることはなさそうですが、デジタルカメラを使いパソコンの画面で見てしまうと、絞っても改善されない画面周辺部の解像感の低さや色のにじみ、ハロなどが散見されるなどちょっと粗(あら)が目立ちます。製造された時代を考えれば致し方ないところですが、デジタルカメラでの撮影では現像ソフトやレタッチソフトで調整してみるとよいかもしれません。もちろん絞り開放での強い周辺減光や逆光で現れるゴースト・フレアなども含め、このレンズの味として大らかに楽しむのもありでしょう。なお、今回比較したかぎりにおいては、焦点距離28mm時と35mm時の画質の大きな変化はないように思えました。
最短撮影距離は両焦点距離とも0.4m。被写界深度目盛りはF8とF16のみとなります。しっかりと赤外マーク(Rマーク)が備わるのは時代を感じさせるところです。
多焦点レンズは、前述の距離計連動のライカM用TRI-ELMARやエクステンダーを仕込んだ望遠ズームなどがありますが、このようなものは本レンズ以降登場していないように記憶します。写りも含め一般にはなかなか受け入れてもらえなかったのだろうと推測できますが、現代の優れた光学設計技術や高性能な硝子材など用いれば面白いレンズができそうに思えてなりません。ただし、それは需要あってのこと。ズームレンズの性能が飛躍的に向上した現在では、その存在意義を見つけ出すのは難しそうです。
(了)
焦点距離28mmで撮影しました。歪曲収差はほとんど気にならないレベルです。絞り込んでいますが、画面周辺部の写りはちょっと残念です。
Nikon Df・絞り優先AE(絞りF11・1/320秒)・WBオート・ISO100・RAW・焦点距離28mm
焦点距離は35mmとしています。絞りはF5.6と開放から一段以上絞って撮影していますが、画面の中央周辺はまあまあの解像感です。
Nikon Df・絞り優先AE(絞りF5.6・1/1000秒)・WBオート・ISO100・RAW・焦点距離35mm
こちらは28mmで撮影。画面周辺部の写りを見ると、せっかくの二焦点レンズなのだからもっと画質が追求できなかったものかと思えてなりません。
Nikon Df・絞り優先AE(絞りF5.6・1/1000秒)・WBオート・ISO100・RAW・焦点距離28mm
思い切ってF11まで絞り込みました。画面周辺部で見受けられたハロや解像感の低下などはそれなりに改善されているようです。
Nikon Df・絞り優先AE(絞りF5.6・1/1000秒)・WBオート・ISO100・RAW・焦点距離28mm
ちょっと意地悪に逆光で撮影してみました。ゴーストがいくつか現れていますが、この時代のレンズとしては悪くはないように思えます。
Nikon Df・絞り優先AE(絞りF8.0・1/2000秒)・WBオート・ISO100・RAW・焦点距離35mm
撮影最短距離である0.4mまで被写体に寄って写しています。画面中央周辺のボケ味はナチュラルな感じに仕上がっています。
Nikon Df・絞り優先AE(絞りF8.0・1/2000秒)・WBオート・ISO100・RAW・焦点距離35mm
<仕様表> | |
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SOLIGOR C/D DUALFOCAL 1:3.5/28mm+1:3.8/35mm | |
メーカー/ブランド | SOLIGOR(西ドイツ) |
焦点距離 | 28mm/35mm |
レンズ構成 | 3群9枚 |
最小絞り | F22 |
最短撮影距離 | 0.4m |
フィルター径 | 52mm |
大きさ | 約49(高さ)×φ62(直径)mm |
質量 | 約210g |
製造初年 | 1980年前後(?) |
発売時価格 | 不明(Sunの国内販売価格は2万7,500円) |